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「映画『ディアーディアー』特別先行上映会」 菊地健雄監督直前インタビュー
第39回モントリオール世界映画祭参加作品『ディアーディアー』
昨夏、全編足利市内で撮影された足利出身、菊地健雄監督の長編監督デビュー作『ディアーディアー』が、公開に先駆けて、足利市民プラザ文化ホールで特別先行上映されます。
公開に先駆け、菊地監督と本作の主人公の3兄妹の長男役を演じ、同時にこの映画のプロデューサーでもある桐生コウジさんに、お話を聞かせていただきました。
― もうすぐ先行上映会が行われますが、撮影を終えてからの気持ちの変化はありますか?
(菊地監督 以下敬称略):はい。あります。初監督作品ということもあるので、撮影中は正直いっぱいいっぱいでしたね(笑)。
自分がこうだと思って撮影していたものと、実際あがってきた映像が違うこともあるんですよね。編集だったり、音の仕上げだったりというポスプロの過程で編集スタッフや音楽スタッフたちはこう思っていたのか、こういう見方もあるのか、ということを再発見できたし、自分が狙いを持ってやったことが果たしてどうだったのか、もう一度見つめ直す時間にもなりました。
また、完成したものをいろんな方に観ていただき、その感想を伺うと、それはそれで気持ちが変化していきました。
― 映画の予告編を拝見しました。音楽と映像がマッチしていて、選曲のよさを感じました。劇伴(劇中音楽、ある場面の背景に流される音楽)作りは、解釈を見つめ直す時間でもあったとのことですが、音楽に対してのこだわりはありますか?
菊地: もともと音楽好きなので、観客として映画を観ていた時から、音楽の付け方やどんな音楽家を起用しているかについては興味がありました。
信頼できる仲間からの紹介でいくつかの候補が上がり、皆の意見が一致したのが「森は生きている」でした。彼らの1stアルバムにおける土臭いフォークロックな音楽がディアーディアーの世界観にぴったりだったんです。早速ダメ元でリーダーの岡田拓郎さんの「森は生きている」公式ホームページからメールを出してお願いしました(笑)。
音楽に対しては、葛藤と試行錯誤の連続でした。今回の映画制作で一番大変だったことのひとつですね。
(桐生プロデューサー 以下敬称略):スタッフ間でも議論はありましたよ。
現実的な話ですが、この規模の作品では撮影後の音楽や編集にお金がかけられません。だから巨匠ではなく若手にお願いするしかないんです。
まあ好きなアーティストを連れてきていいよって言った手前、監督に任せることにしました(笑)。
結果的に彼に音楽をやってもらえたことは、この映画の大きな見どころ(聴きどころ)となりました。
― 今回の映画予告編も評判がいいと伺っていますが。
菊地: 映画美学校の同級生だった瀬田なつき監督が制作してくれました。彼女はとても才能のある監督なので正直、映画本編以上に面白くなってしまうのではとちょっと不安でもありました(笑)。学生時代の課題の作品を観ても、こいつには勝てないかもしれないと思ったり。まあ 勝ち負けじゃないんですけどね(笑)。僕とはちょっと違うタイプの彼女が予告編を制作してくれることになって、とってもありがたい反面、非常にドキドキしました。
桐生:チラシに「菊地くん、本編食ったらごめんなさい」のコメントがありますが、実はこれは瀬田さんが言ったのではなく、僕が言ったことなんですよ(笑)。 この場を借りて瀬田さん、すみません。
菊地:そんなことを言っても許される関係なので。それにしてもあの予告編は「瀬田監督、少しサービスしすぎだよなっ」と思いつつ…、でもディアーディアーの世界観を感じられる予告編に仕上げくれたので僕としては本当にありがたいです。
― 先輩監督35人からのコメントチラシ。評判がいいと伺っています。
菊地:桐生さんのアイデアなんですよね。
桐生:賛否両論ですけどね。(笑)
菊地: 正直言うと若干抵抗ありましたけどね。改めて自分て(とは)なんなんだ?と振り返ってみたんです。
自主映画だったり、異業種からの参入だったりと、助監督から監督になるという人が少ない印象を持っていました。近年復活してきてはいますが… 。助監督というのは、監督になるための修行期間だと思っています。本来の道から監督になる人が絶えてしまう。そんな危機感があり、そこに自分ごときがどれだけ貢献できるか分からないけど、「こういう監督たちに付いていた助監督が、初監督として撮った映画」そういうプロモーションもアリかなと思いました。
― チラシの写真実にいい表情をされていますね。
菊地:中村ゆりさんや斉藤陽一郎さんという役者もいるのになんだか申し訳ないし、自分の顔を使うなんて大胆すぎないか?と思いました。
桐生: あれは映画の撮影中に栃木放送の隅田さんのラジオ生中継で監督がインタビューがうまく行かず悔やしがっている写真を使ったものです。
菊地:スタッフ・キャスト達が現場でラジオを聞いていて面白がっていたんです。みんな面白がっているけど自分としては失敗しちゃったなと思っているところを、スチール担当の内堀くんが、こっそり撮ってたんですね。
こういう画を写真に切り取れる内堀くん、思い付きや遊び心が活かせる桐生さんに大変感謝しています。
― どんな監督になりたいですか?
菊地:監督って、大きくふたつのタイプに分かれると思うんです。
ひとつは、答えが全部自分の中にある人。いわゆるアーティストタイプです。
そのタイプの監督の中には、絶対に答えを出さず自分たちで考えろ、という方もいるし、カット割りから撮り方まで細かく指定する、指導するという方もいらっしゃいます。いずれにしても、アーティストタイプとは、独自の世界観やイメージをしっかり持っていて、監督がどんどんジャッジしていくタイプです。
もうひとつは、野球やサッカーの監督のように、キャスト・スタッフの組み合わせの妙、いいところを引き出して作り上げていく職人タイプです。他でやっていたらこの役者はこういう芝居はしていない。ある程度相手に任せ委ねていくタイプです。
桐生:彼は助監督が長かったから、調整役をずっとやっているわけです。上と下との意見を聞き、上手くまとめる能力にたけています。でも監督ってジャッジしていかなければいけないんですよ。今回は監督なんだから「これが撮りたい。やりたい。」ともっとはっきり言っても良かったと思いました。
菊地:そうですよね。そこは自分の中でも揺れていた部分です。だけど、信頼できるスタッフが集まってくれたこともあって、今回は後者でした。 単純にひとりの人間のやることなんて限りがある。実は僕の頭の中にあるものなんてこんなちっぽけなものでしかない。その世界観・イメージをみんなで膨らませていくことが映画を作ることだろう。そう思っちゃうんですよね。信頼できて、一生懸命やってくれているスタッフだからこそ、委ねた部分も大きい反面、もっとはっきり言ったほうがスタッフもやりやすかったかもしれないと思う部分もあります。
職人タイプでありたいと思いつつ、アーティストタイプにも憧れる。どういう形がいいのか、まだまだ模索中です。自分の色を作り上げていくこと、それがこれからの僕の課題です。
どこにでもある退屈なまち。どこを切り取るかで表情が変わるまち。
それが足利の魅力です。
― 地元足利のみなさんが多数エキストラとして参加されていますが、どんな印象を受けましたか?
菊地:エキストラの顔が分かるって、すごく大事なことなんです。これまで僕についてきてくれた県外のエキストラの皆さんが、初監督作品にまたついてきてくれて。そこに足利の地元の方も来てくれて。事務的に集めただけではそろわない方々が集まってくれました。
県外から来た常連の方たちが足利の地元エキストラをリードしてくれました。その中で、皆さんが本当にキラキラしているんですよね。とあるシーンでは三兄妹の後に続いているエキストラたちがあまりにもいい顔をしているので、それは使い切ろうと、編集の段階で当初の予定とは違う演出にした部分もあります。クライマックスの一つであるお通夜のシーンは、深夜の2、3時に撮影をしました。エキストラの大半は地元の方で、実は僕の親戚も参加していたんですが、深夜に「なかなかいい芝居するな。おじさん!」なんて思うことは、他のまちでは味わえない、足利ならではの体験でした。
桐生:うん、あのおじさんはいい演技してたね。助演男優賞もんだね。
菊地:コンセプトとしては三兄妹のストーリーですが、「このまちの中の三兄妹」ということを表現したいと思っていました。どんなまちかは、風景から伝えることができますが、「そこにいる人たち」というのも重要な要素となります。足利の中で、変わった場所、変わらない場所。そういう思いを持って探した場所に、まちの人たちが映り込むという、ある種理想的な画になってくれたという嬉しさを感じています。
― ロケ場所を選んだポイントをおしえてください。
菊地;足利は、北は山、南は田んぼ、中心は市街地。居る場所によって表情が変わるまちです。どこを切り取るかで、すごく田舎に見せることもできるし、まあまあの地方都市に見せることもできる。山の中にあるまちにも見える。そこが足利の魅力でもあると思っています。
シカ事件で人によって人生が狂わされていく。三兄妹の置かれている状況は、まちをどこに設定するかでイメージが変わってくる。田舎すぎちゃうと田舎を知らない人には伝わらない。都市部に住んでいる設定だと、また全然違うドラマになる。どこの地方都市もそんなに変わらないという思いがあって、足利くらいの規模のまちが、日本で一番多いんじゃないかと考えました。 足利はいい意味で「ほどよい、ほどよく田舎」。観客に、わりとすうっとイメージが入っていく場所として理想的でした。「足利ってこういう感じだよね」というところをすごく意識してロケ場所を選びました。
― 足利のさまざまな場所に行かれて、感じたことはありますか?
菊地:浅間山、大坊山、大岩の毘沙門天…まちが見渡せるところを探しまくり、さんざん歩き回りました。「ここからまちを見渡せてた。でももうその風景はなくなってしまった」それは、かつて足利に住んでいたときの少年の頃の記憶を、再発見することに繋がりました。
「まちも変わった。大通りはシャッターが多くなってしまった」。もちろんまちなかも、記憶とは違っている場所がたくさんありました。
その一方で、古い建物、昭和を感じられる街並みが残っていることも実感しました。変わらないものがあって、変わりゆくものもあって、そのふたつが共存しているおもしろいまちだと感じました。
高校を卒業する18歳くらいのときは、退屈すぎて出ていきたいとしか思いませんでした。改めて戻ってくると、その退屈さは何も悪いことではなくて、時間の流れが独特ですごくいいまちだ、そんなふうに思えるようになりました。
映画の魅力
映画館で暗闇の中で不特定多数の人と観ることの意味。映画の解釈は観客のもの。
― テレビドラマと比べると、映画は難解なものが多いように感じます。テレビドラマと映画の違いを教えてください。
菊地:単純に、テレビと映画のメディアとしての差だと思います。
テレビは、家庭の食卓で、家族なり一緒にいる人の顔が見える、明るい状態で見るメディアなんですね。何かをしながらとか、途中から見た人でも分かるように作るのがテレビ。誰がどう見ているか分からないマスメディアだからこそ、分かりやすく展開していくものが多いんです。テレビドラマで監督よりも脚本家が注目される理由のひとつです。
― 家庭ではなく映画館で映画を観るよさとは、どんなところにありますか?
菊地:暗闇の中で、隣の人の顔もよく分からない状態で、不特定多数の人と観ることが大事なんです。日常からシャットアウトされ、個になれる空間だから、そこで感じることは人それぞれ違う。映画の解釈に当たりはずれはない。正しいとか間違っているということもない。映画館で映画を観ると、自然に自分自身と向き合えるんですね。それが映画館のよさだと思います。
― 制作側からみた映画の魅力とはなんですか?
菊地:説明ってつまらないと思うんです。「悲しいシーンです。皆さん泣いてください」そうやって、僕らが思っていることを押し付けることほど、つまらないことはありません。
普段日常で生活している中でも、そうそう人のことって理解できたり…理解できなかったり…そういうものだと思うんですよね。そういう部分を説明抜きに、そこに映っているもので、観てくれる人の感情をいかに揺さぶれるか。それが映画の持つ醍醐味だと思います。
いろんな人がいろんなふうに感じてくれればいい。仮に僕らが狙ったものがあるとしても、それはそれ。映画の解釈は最終的には観客のものだと思っています。
桐生:映画の解釈に当たりハズレはないと思います。観客が感じてくれたままの解釈でいいと思います。
菊地:皆さんが感じたことを持ち帰って、食卓で家族と一緒に、帰りに寄ったレストランで友だちや恋人と一緒にごはんを食べながらでも「どうだった?」と何かを語ってもらえたら、制作側としてはこれ以上の喜びはないのかなと思います。
― 足利ならではの撮影エピソードはありませんか?
桐生:菊地家のサポートですね。監督の実家から数メートルの場所にスタッフの宿舎がありました。さらにその近所に撮影場所があったりして、お父さんやお母さん奥さんたちのサポートがあったんです。ある朝、お父さんが中村ゆりさんを連れてトマトを採りに行ったりしてね。中村さんがいないって騒ぎになったことも。そんなアットホームな感じは足利ならではですね。
菊地:足利の人って基本的に人懐っこいと思います。ロケをしていて市民の皆さんが協力的でした。興味を示して、一緒に盛り上がりましょうって感じがありました。
足利でしか感じたことがない感覚ですよね。
― 足利のみなさんへメッセージをお願いします。
桐生:足利の方では、俳優の川連廣明さん、アナウンサーの隅田恵里子さんに声の出演をしていただきました。ご当地アイドルの渡良瀬橋43の皆さんにもご出演いただきました。
あ、某課長も声の出演してます。(笑)。
桐生:もう一つ皆さんの名前がエンドロールにガーッと最後に出てきますよ。百数名。(笑)
菊地:大きな映画と違って、ゆっくり曲に合わせてエンドロールが流れますから皆さんの名前も読めますよね。
桐生:読める読める(笑)。この映画の見どころのひとつです(笑)。
菊地:足利出身の監督が、足利で撮影した映画を、足利で観る。しかも、上映会場の足利市民プラザのすぐ近くにはロケ場所もあり、すぐにそこに行ける。そういうことはめったにできない体験だと思います。足利の方は、他の地域の方以上に、映画を観た後に持ち帰れるものが必ずあると思っています。ぜひ作品を楽しんで下さい。
桐生:足利で観るのと東京で観るのでは、違った見え方をするかもしれません。もし作品を気に入っていただけたら、10月24日(土)より東京テアトル新宿にてレイトショーでの上映にもお越しください。まだ 決定ではありませんが東京でも足利Dayを計画しています。決まったら発表しますね。
桐生さん、菊地さん長時間どうもありがとうございました。
東京以外に京都・大阪・兵庫での上映も決定しています。是非御覧ください。
映画 『ディアーディアー』
≪あらすじ≫
山あいののどかな町。この地にかつて「リョウモウシカ」と呼ばれる幻のシカが居たという。シカを発見した三兄妹は一躍時の人となるが、やがて目撃は虚偽とされ、三人には「うそつき」というレッテルが貼られる。それから二十数年後、三人は別々の人生を歩んでいた。父危篤がきっかけで久々に再会する三人だが、葬儀中に騒動が巻き起こる。再び岐路に立たされた三兄妹の行く先は・・・・・。
≪出演者≫
中村ゆり 斉藤陽一郎 桐生コウジ / 染谷将太 菊地凛子 ほか
≪ロケ地≫
中山工作所、宗泉寺、足利商工会議所、今井病院、栗田美術館、両崖山 ほか
≪制作プロダクション≫
株式会社オフィス桐生
◇菊地健雄(きくち・たけお)
1978年生まれ、栃木県足利市出身。明治大学卒業後に映画美学校入学、瀬々敬久監督に師事。
多くの作品で助監督を務め、本作が長編初メガホン。主な助監督作品に『ヘブンズ・ストーリー』(瀬々敬久監督)、『岸辺の旅』(黒沢清監督)、『舟を編む』(石井裕也監督)、『かぞくのくに』(ヤンヨンヒ監督)、
『市民ポリス69』(本田隆一監督)、『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』(大森立嗣監督)、『ウルトラミラクルラブストーリー』(横浜聡子監督)、『夏の終り』(熊切和嘉監督)、『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』(瀬田なつき監督)ほか多数あり。
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足利特別先行上映
日時 | 2015年09月22日 ~ 2015年09月23日 14時、19時開演(1日2回上映) |
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場所 | 足利市民プラザ 文化ホール(定員 800人) 栃木県足利市朝倉町264 |
料金 | 【前売券】1,000円 【当日券】1,200円 ◇小中学生は無料です。(未就学児入場不可。託児サービスを希望の方は9/13までに足利市民プラザへ) |
申込方法 | 足利市民会館、足利市民プラザ、阿部書店、イイノ楽器、石井ピアノ、岩下楽器、オンダ楽器、プラザハマダで販売。 お問い合わせ:足利市民プラザ 電話 0284-72-8511 http://www.city.ashikaga.tochigi.jp/page/dear-deer.html |
※この記事に掲載されている情報は取材当時(2015/09/13)のものです。お気づきの点があれば、「あしかがのこと。」編集部へお問い合わせください。
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早川 雅裕
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