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足利の学校給食で使われている牛乳パッケージの歴史をたどる
正面の入り口にホルスタインの親仔像、工場の建物の上には白い牛乳瓶に赤い文字で「両毛牛乳」と書かれたシンボルがある「両毛酪農業協同組合」。ここでは足利市で唯一、両毛地区での搾乳から牛乳等の製造販売を行い、足利市や佐野市の学校給食、病院やスーパーなどへ出荷をしています。昭和19年に毛野酪農業協同組合ができ、昭和29年に両毛酪農業協同組合に。組合員16名、乳牛数約500頭で3,090トンの生乳を生産(平成29年度データ)しています。工場長の川田昌彦さんに話を聞きました。
時代と共に変わる学校給食の牛乳パッケージ
学校給食で使われた牛乳のパッケージで一番古いものは牛乳瓶。川田さんがはっきりと分かるものは昭和44年から使われていたといいます。両毛酪農業協同組合には、平成7年から平成15年9月まで使われていた、瓶に赤いラインが入っている200mlタイプの牛乳瓶サンプルが残っています。その後、牛乳瓶の代替品として使われ出したのが、三角形のテトラスタンダードパックの200mlタイプです。だいたい平成4年頃まで使われていました。パッケージが変わる理由を川田さんに尋ねると、「充填機の老朽化で機械を切り換えたため」と話します。
現在使われているブリックパック
四角い200mlのブリックパックは、平成4年から使われ始めました。渡良瀬川の放牧地のイメージを絵柄にした乳脂肪分3.6%以上のタイプと、乳脂肪分が下がる夏場用の乳脂肪分3.5%以上のタイプの2種類がありました。「夏場は冬場より乳脂肪分が落ちます」と川田さん。乳牛は飼料中に含まれる食物繊維分を摂取することによって、乳脂肪分が上がりますが、夏場は暑さのために摂取しづらくなり、水分も多く取るため脂肪が下がるのだと教えてくれました。
牛乳を身近に感じてもらえるように
さらにブリックパックは、平成11年から足利市の「足利学校」、佐野市の「かたくりの里」、旧田沼町(平成17年より佐野市)の「一瓶塚稲荷神社」の絵柄を新たに追加しました。学校給食を配っている足利市、佐野市、旧田沼町にあるそれぞれの名所を絵柄にすることによって「牛乳を身近に感じてもらえるように」と思ったから、というのがその理由だとか。これで、絵柄はそれまで使われていた渡良瀬川の放牧地のイメージ絵柄と合わせて現在の4種類となりました。
子どもたちの学校給食の思い出と共にある牛乳
牛乳のパッケージは変化していきますが、両毛酪農業協同組合では今も変わらずに牛乳を作り続けています。
両毛地区の学校給食で牛乳を飲んで成人した人が、ブリックパックの絵柄を見た時に「なつかしいと思った」という話を聞くことも少なくないそう。「学校給食で嫌な思いがあった人はもう牛乳を飲みません。牛乳嫌いになってしまいます。牛乳を飲んで頂いている児童さん、生徒さんが成人しても牛乳を飲んで頂けるようにつないでいければ」と川田さんは話していました。
(取材記事執筆:三田智子、デスク:山田雅俊、校正:茂木諭子)
【参考資料】
両毛酪農業協同組合 総合案内
場所 | 両毛酪農業協同組合 足利市山川町96番地7 |
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備考 | TEL:0284-41-2722 FAX:0284-41-2771 工場直売: 午前8時から午後3時 平日・祝祭日・土曜日は事務所にて受付、日曜日は工場にて受付 工場直売の定休日は1月1日から1月3日 |
※この記事に掲載されている情報は取材当時(2018/09/20)のものです。お気づきの点があれば、「あしかがのこと。」編集部へお問い合わせください。
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