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足利のサッカーのこと。Vol.2
今年ブラジルで開催されるワールドカップ。世界・日本中で注目が集まるサッカーだが、「足利のサッカー」については、ご存知だろうか? 栃木県優勝、関東大会出場するチームから、少ない人数ながらもサッカーを楽しんでいるチームも。子供から大人まで、多種多様なチーム・選手がサッカーを楽しみ、サッカーを通した交流も盛んだ。
そんな「あしかがのサッカーのこと」を知ると、新しい発見があるのではないだろうか?
「あしかがのサッカーのこと」、今回は「中学部」について考えてみたい。
中学校のサッカー部・市のクラブチームからなる「中学部」。このテーマに入る前に、「足利出身で初のJリーガーが誕生」したニュースに触れておきたい。
今年の4月から、J3のY.S.C.C.に三田尚央(みた ひさお)選手、同じくJ3のFC町田ゼルビアに望月理人(もちづき まさと)選手が加入した。二人とも、紛れもなく足利出身のサッカー選手。J3(JリーグはJ1,J2,J3からなる。)のチームなのでメディアでの報道は僅少だが、これは足利サッカーの歴史の中で、とても大きいことなのだ。この2人の活躍を祈りつつ、今後も継続的に足利からプロサッカー選手が出てくることが期待できるニュースだ。
上記のニュースは、必ずしも今回の「中学部」と無関係のことではない。2人の所属していたチームが、足利市内唯一のクラブチーム「足利両毛ユナイテッドFC」なのだ。
足利の「中学部」サッカーは、前述の通り中学校のサッカー部と市のクラブチームからなるものだが、1999年「足利両毛ユナイテッドFC」が設立され急速に状況が変わった。
市外の選手でも加入しているケースがあるが、基本的には足利市内から集った選手で構成されているこのクラブチーム。市内でも特に技術の高い選手が集まり、市外はもとより、県外でもJリーグ下部組織のクラブチームと試合を行うなど、より高いレベルでの練習・試合に励んでいる。中学の3年間、より高いレベルでのサッカーを経験することで、高校サッカーでも強豪校・Jリーグ下部組織に所属するケースもしばしば。こうした足利サッカー全体のレベルアップを、後押ししてきたのだ。
足利初のクラブチームの設立、その過程には多くの意見があり、必ずしもすべてが肯定的な意見だったわけではない。実力ある選手、中学校の部活で活躍する(であろう)選手が、部活からクラブチームへ移行していく状況が出てくるからだ。言うまでもなく、創設から今に至るまで様々な声がこのクラブチームに挙がった。詳しくは分からないが、地域のサッカー部の人数が少なくなり運営できない、もしくは部活のレベルが下がってしまって選手達のモチベーションが上がらない、という意見もあっただろう。新しいものをつくるときには、批判はつきものである。
しかしながら、「Jリーガー誕生」のような明るいニュースはもちろんのこと、足利出身の選手が高校サッカーで活躍すること、Jリーグ下部組織のクラブチームで活躍することが、この先の足利サッカーをより洗練されたものにしていくのではないだろうか? 足利出身のJリーガーを多数輩出していければ、日本代表選出の確率も上がる。さらに日本代表に選出されれば、海外での活躍への期待も高まる。
これらはシンプルすぎる考えかもしれないが、誰にも妨害されることのない「足利出身」という貴重なプロフィールは、今後全国へ、海外へ発信していきたい財産。またそれは、足利市民として誇れるものでもある。
中学サッカーに話を戻すと、クラブチームの存在は、未来ある選手たちにポジティブな可能性を与えた。昨年この「足利両毛ユナイテッドFC」は栃木県のクラブチームの大会で優勝を飾り、関東大会へ進出した。さらには勝ち残り式の関東大会でも2回勝ち上がり、栃木のチームとして、足利のチームとしての存在感を大いに示した。こうした結果が、足利サッカーのさらなる発展に繋がるだろう。
「中学」は、身体的にも精神的にも大人になろうとする大事な時期。子どもによっては、自分の未来を考え始める時期でもある。「足利の中学のサッカー」だけ見ても、子ども達の将来を考える・機会を与えることができるのだ。
今回の「クラブチーム」という環境が、子どもに与えた影響は大きい。しかしながら、これはあくまでも一例。
この他にも、子どもの未来を考えることで、見えてくることもたくさんありそうだ。
(寄稿:鈴木拓郎太)
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参考URL:
■三田 尚央選手 紹介ページ
※この記事に掲載されている情報は取材当時(2014/05/15)のものです。お気づきの点があれば、「あしかがのこと。」編集部へお問い合わせください。
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